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【144】(あす)明日をつくる少女(1958松竹大船)監督;井上和男
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♪悲しい歌 嬉しい歌 たくさん聞いた中で
 忘れられぬひとつの歌 それは仕事の歌
 ヘイ!この若者よ ヘイ!前を向いて
 さあみんな前に進め

 グランドスコープ、松竹マークに続いて、いきなり力強いコーラスで、上記の
ロシア民謡「仕事の歌」が流れる。この時点でまず、この映画の好き嫌いが、はっ
きり分かれるだろう。タイトルに続くクレジットの文字たちの後ろには、川べり
の工場街。そこここに煙突が立つ、東京の東側、「下町」の光景が映し出される。
 物語は、そんな、荒川土手下の小さなハーモニカ工場が舞台。職工・山本豊三
と、女工・桑野みゆきのつつましく微笑ましい恋愛を中心に描かれる、零細工場
の人間模様。

 ▼キャスト▼ ▼舞台設定▼

桑野みゆき「下町……、この煙の下でアタシたち、一生、暮らしてゆくのね。」
山本豊三 「そうさ、ススだらけのふるさとさ。」

 上の会話は、決して悲観的な暗い気持ちではない。桑野&豊三コンビで、井上
監督が、「野を駈ける少女」に続いて撮った、下町貧乏職工青春恋愛もの。原作
は早乙女勝元「ハモニカ工場」。
 荒川放水路(現・荒川)と中川放水路(現・中川)の間の中堤にそそり立つ、
中世の王城のような「船堀閘門(こうもん)」の上で、潮の匂いを感じつつ、二
人は、将来の希望を語り合う。今は跡形もなく、上を高速道路が走る。江戸川区
北葛西の、新川西水門の向う岸にあたる。塔の頭の上の部分だけ、上流の岩淵水
門の資料館に保存されているという。
 二人のバックには、今は亡き木桁の旧葛西橋、その向うに東京湾。反対側には
これも移築架替え前の旧船堀橋。荒川対岸、小名木川と旧中川の合流部にあった、
同じデザインの小松川閘門は、下2/3は埋もれているが、大島小松川公園・風の
広場
に、令和の御代にも、ひっそりとたたずんでいる

 主人公・豊三、桑野たちが勤めるハーモニカ工場「小島楽器製造」。資料には
北千住の、とあるが、具体的には、地名が登場しない。荒川べりの、とある下町、
工場地帯が舞台だ。想起されるのは、足立区、荒川区、墨田区、そして江戸川区。
 明示されるのは、悲恋担当、渡辺文雄瞳麗子が早朝デートをする東武線「堀
切駅」。小津安二郎「東京物語」で場末として描かれて有名。今より下流にあっ
た、旧堀切橋下で、文雄は結婚について嬉しそうに語る。瞳の顔は、冴えない。
画面奥の鉄道橋を、京成電車がゆっくり渡る。
 毒蝮三太夫こと石井伊吉が、父・左卜全と暮らすのは、お化け煙突を見上げる
西新井橋の土手下、千住桜木。いや、尾竹橋際か。
 桑野の家、母・清川虹子が営む惣菜屋は、京成線の踏切の脇。押上線のロケと
推定される。同年公開の松竹映画「眼の壁」他、3本立てのポスターが貼ってあっ
て、下に「玉ノ井新劇場」とある。
 渡辺文雄が、星空をバックにたたずむのは、旧中川と小名木川の合流部、うっ
すらと、小松川閘門も映り込む。
※21.5.30追記 工場周辺のシーンのロケは隅田川貨物駅の東方、荒川区南千住
8丁目と思われる。現在は全く面影もなく、高層マンションが林立する一角。再
開発でできた汐入小学校の辺り(画面に登場する小学校はセットだろう)。

 “KOJIMA BAND”(トンボ楽器のミヤタバンドがモデル?)を支える工員は、
機械室4名、修正室3名、波動室4名、仕上室9名。それに検品係の伊藤雄之助と、
社長夫妻が殿山泰司と山本多美。波動室の仲良し4人組が、渡辺文雄、山本豊三、
石井伊吉、草薙幸二郎。ハモニカ吹き吹き、ヤスリで、音の微調整。4人それぞ
れ、役割をきっちり演じるが、なかでも草薙幸二郎が、ぴりっと締める。
 桑野みゆきは、仕上室、という部門の模様。


 【キャスト】 ▼主要キャスト解説▼ ▼舞台設定▼
 “ ”内は、配役で画面にクレジットされた役名 工員は全て「小島楽器製造所」

山本豊三……職工(波動室)スズキ“正一”
桑野みゆき…女工(仕上室)イワサキ“チヨエ”
渡辺文雄……職工(波動室)石田“善介”ゼンさん
草薙幸二郎[民芸]…職工(波動室)“横田”功、ヨコさん
石井伊吉[山王]…職工(波動室)アンドウ“金之助”キンちゃん
殿山泰司……“小島社長”
伊藤雄之助…職工(検品)“田中”  職人の頭、あだ名「チョボ」
吉野憲司……職工(機械室)田中“銀平”  雄之助の息子

瞳麗子………渡辺の彼女“ハル” 雪国出身、渡辺と別れ、前橋に嫁ぐ
清川新吾……殿山の息子“透”、社長のドラ息子
清川虹子……桑野の母、惣菜屋  優しいおかァちゃん
藤木万寿夫[こけし座]…桑野の弟“信二”  ちょっと沢村貞子似
中川明[こけし座]…桑野の弟“三郎”  ちょっと谷晃似
坂本武………豊三の父  足にギブス
水木涼子……豊三の母  内職(三角帽子作り)
御室蘭子……豊三の姉[21.5.30クレジット確認]
左卜全………伊吉の父  玩具の自動車組立の内職
櫻むつ子……食堂「ヤマニバー」の女将

九條映子……女工“ゆき子” 8月生まれ
小田切みき…女工“なみ子”、ナミちゃん 11月28日生まれ「お供え餅みたい」
俵田裕子……女工“明子”、アキちゃん  2月生まれ
柴田恒子……女工“光枝”、ミッちゃん  7月生まれ
千村洋子……女工“良子” 「ギンちゃんが、ケトバシで」、事故を知らせる
林家珍平……職工“岡田”(機械室)
遠山文雄……職工(機械室)「あのケトバシ使って満足な指の奴は一人もいない」
今井健太郎…職工(機械室)  セリフ無、クレジット有
後藤泰子……女工「ゴトウさん」  朝は掃除など、女工ではなく社長家の女中か
山本多美……殿山社長夫人、新吾の母  会社の経理等、事務担当

谷よしの……“鯛焼屋”とあるが、今川焼屋
堀みどり……“ヤマニバーの女中”
佐谷よし子…女工  セリフ無、クレジット有、雄之助のハーモニカにうっとり
田中晋二……職工(機械室)  [ノンクレジット]「ちょっとどいて!」
島村俊雄……八百屋  清川虹子に、自転車で野菜を届ける[ノンクレジット]

 ▲キャストトップ▲ ▼主要キャスト解説▼


「玉子うどんって、世界一おいしいモンよ。」
「そう思って(嬉しく)くれなかったら、泣いちゃうよ、アタシ。」
「返してくれなかったら、ぶっちゃうよ。」

【舞台設定】

 東京の東側。煙突の立ち並ぶ、荒川放水路(現・荒川)右岸(西側)の工場街。
 11月初めから同月末。
「小島楽器製作所」というハーモニカ工場。社長・殿山曰く、「トレモロと音程
の確かさ」がモットー。社長夫妻に、21人の従業員。
 社長の片腕、30年務めてきた雄之助の月給が1万7千円。30歳の草薙が9千円。
まだ若い豊三は6千円。
 工場の隣に小学校がある。出身の伊吉によれば、貧乏人の子供ばかり、大臣や
有名人は出たことがないと嘆けば、草薙が茶々を入れる、「戦後のピストル強盗
の第一号が出てるぜ。」
 職工たちの多くは大家族。親や、弟妹たちを食わせるために精一杯働く。

【主要キャスト】 
▲キャスト一覧▲ ▼おまけ▼

山本豊三……波動室の職工・スズキ“正一”、ショウちゃん

 若い職工。月給6000円、残業代が1時間36円。
 両親健在。狭苦しい家のシーンに映る家族がすべてなら6人兄弟、おそらく上
から2番目。6千円の月給は全て家に入れている。
 同僚で仕上室の桑野みゆきからのアプローチに、誕生プレゼントとしてオルゴー
ルを送ることを決意。残業を志願、夜遅くまで、働く。
 波動室というのは、ハーモニカ製作の途上、音程が正しくなるように、部品を
ヤスリで削って微調整する工程のようだ。オルガンのような足踏み式のふいごを
使うほか、自ら口で息を吹込み、音を確かめる。セリフよれば、「笛ツケ」「修
正」から「波動室」、その後、仕上室に送られるのだろう。唇が荒れて硬くなっ
てしまうので、うどんをすすると、ツユがしみて痛い。

桑野みゆき……仕上室の女工・イワサキ“チヨエ”、チーちゃん

 若い女工。いつも明るく朗らか。豊三に、今月30日の自分の誕生日にプレゼン
トをあげる、と名無しのラブレターを出す。
 父とは死別。京成電車の踏切際、自宅で惣菜の天ぷら屋を営む母と、2人の弟
と四人暮らし。
 とにかくひたすら愛くるしい。
「玉子うどんって、世界一おいしいモンよ。」
 子供の頃、卵は栄養がありすぎるから、と、1個の卵を姉弟3人で分けて食べ
ていた。母親は、食べずに。今でも玉子を1個まるまる食べると、その頃を思い
出して、「胸が、きゅーんと」なる。豊三に「慰問よ」と、夜食に天ぷら(野菜
のかき揚げ)うどんを差入れた桑野。豊三は玉子が好きかと尋ね、自らの玉子へ
の思いを語る。

渡辺文雄……波動室の職工・石田“善介”、ゼンさん

 人望の厚い職工。
 仕事のハカをメートルで例える。曰く、「まだあと4メートル」。20センチの
ハーモニカ往復で、1本40センチ。午前中の作業の目標が24メートル、つまり、
60本、5ダース。
 同僚の田中親子・伊藤雄之助、吉野憲司の家の二階に下宿している。部屋の鴨
居には、マッチ箱が並べられている。
 行きつけの食堂「ヤマニバー」の給仕女のハル・瞳麗子と恋仲。二人とも忙し
いので、なかなか店外では会えない。
 結婚の夢を語り合っていたが、瞳は祖父の死もあり、店の女将・櫻むつ子の薦
める前橋の自転車屋に嫁いでしまう。
 同じ波動室の横田・草薙幸二郎のハーモニカ泥棒を目撃したが、同情もあり、
心にしまう。
 ハーモニカ四重奏では、おそらくバリトンハーモニカ、低音のハーモニーを担
当。

草薙幸二郎……波動室の職工・“横田”功、ヨコさん

 関西訛りの職工。波動室4人組いちばんのベテランのようだ。少々、卑屈。
 30歳、独身、月給9千円。
 近頃、仕事が粗く、「ガイセン」返品が多い。検品係のタナカ・伊藤雄之助が
体を心配するが、なんでもない、と答える。実は心臓弁膜症で、強い息を吹くの
がつらくなっていたのだった。
 年老いた母と、小さな弟妹を抱える。
 ハーモニカの盗難事件では、犯人に抱き込まれて、商品の横流しをしてしまう。
24穴A調3本、浅草のムツミ堂に売って1200円。久しぶりに高い肉を買って、
「ありゃあ、うまかったなァ。翌日、顔が脂でつるつるしてよォ。」と、渡辺に
告白。
 ハーモニカ四重奏では指揮をとる。リード担当か。
 巧みな演技で、本作を締めて、印象的、最優秀演技賞。

石井伊吉(毒蝮三太夫)…波動室の職工・アンドウ“金之助”、キンちゃん

 活発な職工。昼食の時間を気にする黄レンジャータイプ。
 お化け煙突を見上げる、千住桜木に、父と、幼い弟と暮らす。母親の有無は不
明。
 工場の隣の小学校の出身、ということは、やはり工場の設定は千住なのか。
 金銀コンビ、弟分の銀平・吉野憲司と豊三のケンカの手打ちの仲立ちをしたり、
社長のドラ息子・清川新吾の心ない言葉に殴りかかったり、情け深く熱い漢。
 吉野とともに自衛隊の試験を受け、合格していたが、豊三の友情に打たれて会
社に残る。
 ハーモニカ四重奏では、最低音部、おそらくダブルバスハーモニカで、リズム
担当。

吉野憲司……機械室の職工・“銀平”、ギンちゃん

 キンちゃん・伊吉の弟分的存在。雄之助の息子。
 かつて、高校の夜学に3年通って、早稲田大学への入学を夢見ていたが、あき
らめていた。今でもベルトのバックルは“WASEDA”というデザイン。
 チーちゃん・桑野みゆきにラブレターを書いたようだが、スルーされた。
 伊吉と自衛隊を受けたが、こちらは、「遺憾ながら」という不合格の通知を受
取る。
「ケトバシ」と呼ばれる機械で、手を負傷してしまった。
 服を脱ぐと、意外にも締まった肉体。

伊藤雄之助……検品担当・田中

 社長・殿山を、30年支えてきた生え抜きのハーモニカ職人。
 息子の銀平・吉野憲司と、部下の善介・渡辺文雄、それにばあやと暮らしてい
る模様。
 職工連中からの信頼も、職工連中への信頼も厚い、温厚な番頭。冒頭、社長が、
不良品の増加に「耳は大丈夫なのか」と問い質す場面があって、伏線かと思われ
たが、特にそういうエピソードは無かった。
 家では暇があると、竹とんぼを作っては、近所の子供たちにあげている。

殿山泰司……社長・小島

 妻・山本多美と、ドラ息子の大学生の徹・清川新吾と暮らす。
 常に資金繰りに頭を悩ます、中小企業のワンマン社長。
「トレモロと、音程の確かさ」が誇りの、“KOJIMA BAND”ブランドのハーモニ
カ。しかし、生き残りのためには、アメリカ輸出向けの10穴ハーモニカを、単価
30円で引受ける。「光(ひかり・安たばこ)1個の値段だよ!」
 年季の這入ったサイドカーで、問屋や金融機関をまわる。

瞳麗子……食堂の給仕女・“ハル”

 ゼンさん・渡辺の彼女。
 雪国の生まれ。実家では、三反ばかりの田んぼで、祖父が百姓をしていた。屋
根まで届くほどの大雪の降った冬に生まれたので、待ちわびる「春」から名づけ
られたという。
 祖父が亡くなったが、母親からは、帰ってくる暇を惜しんで働いてくれ、と言
われるほど、実家は貧乏な様子だ。
 渡辺と結婚を夢見る仲だったが、勤めている食堂の女将・櫻むつ子からの縁談
を断れず、前橋の「阿久津自轉車店」に嫁いでしまった。むつ子が、「ゼンさん
はいい人だけど」とても瞳の家族を養ってはいけないよ、と瞳に言い聞かせたの
である。

清川虹子……桑野の母

 京成電車の踏切の脇で、惣菜屋を営む。チヨエ・桑野みゆきの母。
 他に、小学生と、おそらく学齢前の二人の息子。夫は仏壇で微笑んでいる。
 娘の桑野から「またこんなに(天ぷらを)大きく揚げて」と注意をされても、
「これでも儲かっているんだよ。」と気前がいい。娘の笑顔と明るさは母親譲り
か、優しいおかあちゃん。
 息子たちが相撲見たさに、テレビのある今川焼屋へ這入るため、50円くすねた。
桑野が二人に、おカネが欲しい時はは母親にちゃんといいなさい、と叱る。兄は
「言えないよォ。」と悲しそうに言う。
「だってこの頃、かあちゃん、お金が出ていくと、いつもさみしそうな顔をする
んだもん。黙ってなくなれば、悲しい顔を見ないで済むと思ったんだ……。」

清川新吾……殿山のドラ息子“透”

 遊び好きな大学生。今日は学校に行ってもどうせ野球の応援、勝っても負けて
も、夜は新宿か銀座へ流れる、というセリフから、早慶のどちらかの想定だろう。
 桑野や、九條映子といった女工をお好み焼屋に誘ったりして、職工たち、特に
伊吉などから嫌われている。吉野がケガをした時に、たるんでいるからだと言い
放って、伊吉とケンカになる。
 最後には、ハーモニカ盗難事件の犯人と判明。


【おまけ】 ▲主要キャスト解説▲

「おモチの大好きなピー子の家」……伊吉の近所の犬小屋に書いてある
「月光仮面だ!」「赤胴鈴之助だ!待て、月光仮面!」……伊吉の近所の子供たち
「房錦(ふさにしき)、負けちゃった。」……桑野の末弟・中川明が嘆く。「褐色の弾丸」
 今川焼屋のテレビ、音声によれば、若乃花 対 出羽錦、行司は木村庄之助。
 殿山、遅い昼飯、トーストを焼いて、みそ汁と一緒に食べる。
 桑野、九條たち女工は、昼休みに、バドミントンに興じる。
 子供たちや、女工たちの遊ぶ、フラフープ。
 劇中登場のビールは、松竹には珍しい、壜のASAHI。櫻むつ子の食堂のシーン。
 桑野へのプレゼント候補に豊三が名前を挙げる「つりがね最中」
        ……東武鐘ヶ淵駅から東に行った「墨田園」の歴史ある銘菓。


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