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【25】吹けよ春風(1953東宝)監督;谷口千吉  →【26】 →【24】

 前章で、運転手役者というポジションの哀感を替歌にのせてみたのだが、東宝の
看板役者・ミフネがタクシー運転手役の映画があった。それが本作。
 三船敏郎演じる人情運転手が主人公なので、役は運転手でも、いやそれゆえに、
彼の出演作中でも、全体における登場時間の割合は、屈指のものだろう。
 プロローグとエピローグを含めて、9つのエピソードが語られる。谷口監督が2
年後に発表する、「33号車応答なし」と姉妹作品といえそうだ。かの作品では、
これまた大スター・池部良が、パトロールカーを「運転」する。

 さて、本題に戻して、主題から目をそらす。
 日本三大汚婆の1人、三好栄子。今回は大阪育ちの上品な婆さん。もと料理人の
小川虎之介(日本三大社長)と老夫婦。銀婚だときいた三船、途中で立寄ったガソ
リンスタンドで、花を分けてもらってプレゼント。感激した2人に自宅へ呼ばれて
御馳走になる。その日石のスタンド。おそらく、今もビルの下で営業を続けている、
宮益坂上(金王坂上)のエネオスだ。日本石油渋谷給油所とある。
 その証拠に、スタンドを後にするタクシー、青山通り沿いに、数年前まで奇跡の
ように存在した、「小川はかり店」が映り込んでいる。

 日劇前からスター、アワジヒカル・越路吹雪を乗せた三船。彼女の大ファンとい
う妻のためにサインを、と差出した手帖。そこに越路は、三船が書いた歌詞、「黄
色いリボン」の替歌を見つける。
 ♪オイラの黄色いクルマ カタチはいささか古いけど
  素敵な黄色いクルマ 乗れば心も軽くなる
  君よ 知るや 町の砂漠に咲いた花
  君よ 知るや 黄色いクルマのこの秘密
 外苑を2人でデュエットしながら快走するシーンは楽しい。
 マルキン自転車のCMソングを思い出す軽快なアレンジである。

 心暖まる物語が綴られるこの映画、全篇を流れる芥川也寸志の音楽が、これまた
素晴らしい。大らかで伸びやかで朗らかだ。

「どんなもんでえ。」「パーパ、ニーホイライラ。」
「なんて言うんかな……、メリークリスマス!」

[ノンクレジット備忘録]
河美智子……ピストル強盗から逃込む中華料理店、店員 ※女中・店員の第一人者
山本廉………子供達を満載して日本橋交叉点、交通整理の巡査 ※白木屋の角
岡豊…………遺影(小川・三好夫婦の息子) ※東宝三大豊(佐田豊/中山豊)
渋谷英男……新宿駅東口前のタクシー整理係 ※ほんの一瞬、横顔しか映らないが、
      あの眉毛は、渋谷英男に違いない。

※戦前型ダッジ、左ハンドル観音開き。社名は“ORIENT”、ナンバーは3-76175。
 バックミラーは車内のルームミラーのみ。方向指示器はピラーについた、腕木式。
 かなりのオールドタイマー(おそらくは1936年頃のモデル)だが、当時の都内
 では、それほど珍しくもないようである。
 初乗りは100円。1952年11月の改訂で、中型タクシーは100円から80円に
 値下げされたらしいのだが、大型だから100円なのか、そのあたりは、確たる
 資料が見つからない。車庫には80円と後部窓に掲出した車あり。
 「ニシベ」製(現在も存在する)の機械式メーター、一桁ごとに小窓の数字。
 http://blog.livedoor.jp/nishibe_sai/archives/cat_50062516.html

◆◆エピソード詳細◆◆
※季節は冬

[オープニング]東宝マークにドラムソロ
   代わって、大通りを行く、旧式の大型タクシーを後ろから追う映像。
   タイトル、うきうきするような書体で、「吹けよ春風」。
   真中に都電の軌道敷のある広くてゆるい下り坂。空は青空。
   優美な芥川也寸志のテーマ曲に乗って、タクシーはゆっくり下って行く。
   右から左に、縦書きのスタッフ、キャストが流れて行く。
   左手奥に、国会議事堂が頭をのぞかせて、「監督 谷口千吉」。
   驚くほど、全く変わってしまった、六本木から溜池の通りである。
   旧今井町から旧福吉町を過ぎて、まだ行止りだった頃の溜池交叉点へ。
   左にカーブを切るところが今の谷町ジャンクション。
   今では、上に首都高速が覆いかぶさって、映画の中の広い空は、まるで嘘の
   ようだ。

[プロローグ]小泉博/岡田茉莉子(若いカップル)
   ルームミラーに映るカップル。女がすねて、男がなだめる。
   女「あなたとの結婚、考えさせてもらうわ!」
   強硬手段と、男は抱きしめキスをする、ミラーから消える2人の頭。
   居心地悪そうにエリ足をかく三船。
   ややあって、
   女「どこ?ここ。」男「新橋だよ。」女「あたし、おなか空いちゃった。」
   男「きみ、止めてくれ。」運転手「へい。」「いくら?」「260円です。」
   男、100円札3枚渡し、「釣りはいらないよ。」
   再び走り出すクルマ、三船の問わず語り、回想シーンが始まる。
   曰く、ミラーに映る人間の様子は「下手な短編小説よりも面白い。」
 ★小泉の強引なキスに、ふりほどこうと、小泉の腕をつかんだ岡田の指。その
  指の力が段々と抜けてゆく芝居が、岡田らしい細やかさである。
 ★40円のチップを儲けたわけだが、お人好しの三船がこの後に語るエピソード
  では、気づけば損してばかりだ。

[1](佃島の子供達、15人前後)
 ●明石町の渡船場から
   自動車に乗ったことがないという子供達、5,6人。
   出し合った100円分(最低運賃)だけ乗せてくれと言う。
   「俺たち車に乗ったことがないんだよう。」
   考え込む三船だが、ドアを開けてやる。すると、船付き場から、後から後か
   らチビどもがやってくる。車内は寿司詰め。大騒ぎ。
   ♪もしもしカメよ、カメさんよー、と手を叩きながら大合唱。
 ★運転する三船の横に、どうやら毛利充宏(劇団若草)らしき子供がいる。
   メーターが120円に上がった所は、丸の内あたりのビル街。
   見知らぬ都会に降ろされて、途方に暮れる子供達。見かねた三船、頭をかき
   ながら車を止め、「乗れ!」
   もちろん、出発地に戻る超過分は三船のサービスだが、音を立てて上がるメー
   ターに、子供達は神妙な表情。
   「どうしたんだ?さっきまでの元気は。歌でも歌えよ。
    ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ、豆をやるからみな来いよー。(いい加減な歌詞)」
   佃渡船に乗って帰る子供達。三船のタクシーに手を振る。
   「さよーならー、さよーならー。」

[2]青山京子(雨中の家出娘)
 ●某住宅街から、雨の夜
   親とケンカしたらしい娘、傘もささずに。「東京駅へ行ってください。」
   なんとか家に帰そうと説得するが、言うことをきかない。
   案の定、東京駅で怪しい男にひっかりそうになる。一度は去った三船、気に
   なって再び青山を乗せる。
   三船「(ひとりごと)めくら蛇か。」青山「え?」   →盲、蛇に怖じず
 東京駅の怪しい男;谷晃
 うどん屋で会う運転手仲間;恩田清二郎

[3]越路吹雪(歌劇スター・アワジヒカル)
 ●有楽町・日劇前から、昼下がり
   公演の合間のスターを乗せ、気晴らしにドライブ、外苑の銀杏並木へ。
   三船がサインを、と差出した手帖に、三船作の歌詞を見つけ、デュエット。

[4]小林桂樹/藤原釜足(泥酔2人連れ)
 ●大通り、都電軌道上、深夜2時
   走行中に、窓から屋根へ上がり、反対の窓から戻るという軽業をやっての
   ける桂樹。空気鉄砲で三船の後頭部を打つ釜足。
   業を煮やす三船、スピードを上げて走るうち、桂樹の姿が消え、あわてる
   三船。

[5]小川虎之助/三好栄子(銀婚の老夫婦)
 ●魚河岸から、日曜の午後
   銀婚の祝いに、高級食材を買込んだ老夫婦、裕福そうだが元気がない。
   伊勢海老がヒゲを動かしている。
   半年前に一人息子を亡くし、彼が住んでいたアパートに、大阪から引越し
   てきたばかり。知合いもないので淋しいと語る。
   2人を元気づけようと、立ち寄ったガソリンスタンドでもらった花をプレ
   ゼントする三船。感激した老夫婦は夕食をご馳走したいと、アパートへ誘
   う。
   鉄筋3階建ての団地風アパート。ちょっと居心地悪そうに、居間に座って
   いる三船。三好を叱咤しながら、小川が料理する声が台所から聞こえて来
   る。
   元料理人の小川の自慢料理。鯛の頭の山椒焼の作り方を生き生きと語る、
   夫の姿に、はっとする三好。
   「お父はん、大阪帰りまひょ。また商売やりまひょ。」
   「もう店、譲ってもうたの忘れたか?」
   「また買うたらええがな、屋台でもかまへん。」
   輝きを取り戻した夫婦。
   気づけばすっかり出来上がってしまった三船、仕事はあきらめて、小川の
   語る義太夫を聞いているのであった。
 ガソリンスタンドの女店員;島秋子
 ★普段は控え目ながら、しっかりと内助の功で、独裁的夫を支えてきたであろ
  う老妻を演じる三好、実に巧い。
 ★「さいぜんからのあらましは、ふすまの陰で聞きました、
   とはいうもの情けない……」

[6]三国連太郎(ピストル強盗)
 ●横浜からの帰途、夜
   「五反田まで行ってくれない?」、と女言葉に、仕草も女っぽい怪しい紳
   士・三国。ひと気のない、寂しい場所で飛び出して来る。
   せいぜい五百円の距離に、千円もはずむという。
   「タチの悪い客ほどカネをはずむ」という教訓もあり、乗せたものの気味
   が悪いので、ガス欠だと嘘をつこうとすると、三国にピストルを突きつけ
   られる。「そこを第二京浜にはいって。」
   踏切待ちで運良くパトカー(当時は白一色)と並ぶが、危機を伝えられな
   い。
   ヒロポン中毒らしい三国。三船はイチかバチか、猛スピードを出してから
   スピンターン、三国を気絶させ、道端の中華料理店「来々軒」に助けを求
   める。
   レジでうたたねしていた、店員の河美智子は、ピストルを手にした三船に
   仰天。
   電話を借りて、110番通報、自ら「ピストル強盗が」というのが可笑しい。
   その間に、気がついた三国は逃亡。
   警察署では、誉められるかと思いきや、ピストルをいじくりまわしたせい
   で指紋が採れないと言われ、がっかりする三船であった。
 警察署の係;勝本圭一郎
 ★エピソード冒頭、大型トラックの行列を見送っているのは、おそらく、第二
  京浜国道、横浜鶴見区の響橋。そこから東京へ戻る途中、三国と遭遇する。
  ピストルを突きつけて三国、「交番は六郷までないはずよ。」
  D51 558の牽く貨物列車を待つ踏切は品鶴線、環七かと思われるが不明。
  陸橋の下を走り抜けるのは、第二京浜(上)と環七(下)の立体交差・松原
  橋(現・都営地下鉄馬込駅のあるところ)の下か、環七新馬込橋か?
 ★店の壁に提げられた「大森料理組合」の短冊から察するに、中華料理店は、
  大森界隈という設定だろう。
 ★三国連太郎、気色悪し。

[7]山村聰/山根寿子(復員兵を装う出所した男とその妻)
 ●新宿駅東口から 千住へ
   「ちょうど、中共地区からの引き揚げ船が着いた時のこと。」
   一見して復員兵と察せられる山村。例によってねぎらおうとする三船だが、
   何か浮かない山村。妻・山根には、きつい物言い。
   復興した東京を車内から観光した後、山根と子供達の住む千住へ向かう。
   向かう道すがら、復員兵姿はカモフラージュで、実は7年ぶりに刑務所か
   ら出所して来たのだと分かる。
   山村の心配は、収監されていたとは知らない子供達だが、長年のブランク
   を気にせず受入れてくれるか、ということである。
   妻・山根が言うには、中国帰りの父を迎えるため、子供達は「支那語」の
   「おかえりなさい」である、「パーパ、ニーホイライラ」の練習をして待っ
   ている。
   家の近くまで来ながら、踏ん切りのつかない山村は、まわりをぐるぐる廻
   らせる。
 ★銀座や宮城(皇居)前、歌舞伎座の前を観光の後、千住へ向かう。上野駅前
  を通過。後部窓ごしに、千住大橋旧橋のトラスが映る(もちろんスクリーン
  プロセスだが)あたり、芸が細かい。
 ★メーターは2540円にもなっているが、運賃をきかれた三船は「500円」と
  ここでも、サービスしてしまう。
 ★「毛絲あみもの致します」と手書きの看板を掲げる、土手下の山根の家。
  荒川の土手下と推測していたが、土手側から陽が差しているところをみる
  と、千住緑町辺りの隅田川べりなのか。東側に、土手にかかる鉄道の高架
  らしきものがみえる。
  →再度検討の結果、荒川左岸(北側)土手下、現・足立区扇1丁目。扇大
   橋東側の首都高速道路直下ではあるまいか。水路と、土手に上る道路の
   関係から推察。 ※2021.1.2加筆


[エピローグ]青山京子とその母
 ●銀座、クリスマスイブ?
   にぎわう街で呼び止めたのは、いつかの青山京子。
   母と仲良くクリスマスの買い物の途中である。
   青山は、今夜のパーティに、と誘う。
   三船、青山の忘れていった手袋を渡す、「ガラス拭きに使っちゃって」と
   うす汚れている。
   そんな様子を、「駐車禁止」の標識を指差し制する警官。
   引止めようとする青山に「なんて言うんかな……、メリークリスマス!」
   そう言って、師走の街に再び走り出す三船であった。
 警官;千葉信男 ※訂正2015.12.23


  
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【101】〜
【100】君も出世ができる(1964)
【99】父子草(1967)
【98】地方記者(1962)
【97】花のお江戸の法界坊(1965)
【96】童貞先生行状記(1957)
【95】駅 STATION(1981)
【94】大いなる驀進(1960)
【93】三十六人の乗客(1957)
【92】高度7000米 恐怖の四時間(1959)
【91】キングコング対ゴジラ(1962)
【90】かも(1965)
【89】警視庁物語 ウラ付け捜査(1963)
【88】拳銃0号(1959)
【87】希望の乙女(1958)
【86】旅情(1959)
【85】人間に賭けるな(1964)
【84】日本暴力列島 京阪神殺しの軍団(1975)
【83】東京湾(1962)
【82】野獣狩り(1973)
【81】ひとりぼっちの二人だが(1962)
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【79】明日は月給日(1952)
【78】もぐら横丁(1953)
【77】好人物の夫婦(1956)
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【56】背後の人(1965)
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【52】はだしの花嫁(1962)
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【46】恋人(1951)
【45】33号車応答なし(1955)
【44】真田風雲録(1963)
【43】嵐を呼ぶ楽団(1960)
【42】サラリーマン目白三平 うちの女房(1957)
【41】人形佐七捕物帖 めくら狼(1955)
【40】流れる(1956)
【39】結婚のすべて(1958)
【38】踊りたい夜(1963)
【37】風流温泉日記(1958)
【36】喧嘩鴛鴦(1956)
【35】早射ち野郎(1961)
【34】香華(こうげ 1964)
【33】その壁を砕け(1959)
【32】おかあさん(1952)
【31】愛染かつら 総集篇(1938・39)
【30】赤い鷹(1965)
【29】人間狩り(1962)
【28】[シリーズ]事件記者(1959〜1962)
【27】地図のない町(1960)
【26】黒い画集 あるサラリーマンの証言(1960)
【25】吹けよ春風(1953)
【24】彼奴を逃がすな(きゃつをにがすな 1956)
【23】我が家は楽し(1951)
【22】花ひらく娘たち(1969)
【21】麦秋(1951)
【20】浮草(1959)
【19】鉄砲玉の美学(1973)
【18】最後の切札(1960)
【17】黄色いさくらんぼ(1960)
【16】空の大怪獣 ラドン(1956)
【15】涙を、獅子のたて髪に(1962)
【14】特急にっぽん(1961)
【13】時をかける少女(1983)
【12】幸福の黄色いハンカチ(1977)
【11】お国と五平(1952東宝)
【10】可愛いめんどりが歌った(1961)/夢でありたい(1962)
【09】充たされた生活(1962)
【08】人間蒸発(1967)
【07】若い樹(1956)
【06】こだまは呼んでいる(1959)
【05】抱かれた花嫁(1957)
【04】新・事件記者 殺意の丘(1966)
【03】空かける花嫁(1959)
【02】現代っ子(1963)
【01】七人の刑事 終着駅の女(1965)




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